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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1849号 判決

控訴人 杉田正一 ほか一名

被控訴人 松本市

代理人 岡光民雄 中山三雄 ほか五名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取消す。

2  (主位的申立)

被控訴人は、原判決別紙物件目録(一)の土地上に存在する同(二)のごみ焼却工場の稼働をしてはならない。

(予備的申立)

被控訴人は、控訴人らと被控訴人との間で原判決別紙記載の条項を含む公害防止協定が締結されるまで、原判決別紙物件目録(一)の土地上に存する同(二)のごみ焼却工場を稼働してはならない。

二  被控訴人

主文第一項同旨

第二当事者の主張及び証拠関係

次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一(但し、原判決七枚目裏一二行目、同八枚目表一〇行目、同九枚目表九行目にそれぞれ「及び性能保証値」とあるのをいずれも削除し、同一五枚目表四行目の「別表(二)のとおりである」の次に「(但し、ばいじんについてのみ)」を加え、同一七枚目表三行目から四行目にかけて、及び同裏八行目から九行目にかけて、それぞれ「勿論、前記性能保証値をも十分に満足させることができる。」とあるのを、いずれも「勿論である。」と、同一八枚目裏九行目から一〇行目にかけて、「勿論、前記性能保証値をも満足させることができる。」とあるのを「勿論である。」とそれぞれ改め、同一九枚目裏六行目に「各物質」とあるのを「ばいじん」と改める。)であるから、これを引用する。

(控訴人の補足主張)

被控訴人は、本件各焼却炉が三菱重工業において性能保証をした公害発生のおそれのない焼却炉であるとしているが、本件各焼却炉の操業開始の直後である昭和五六年六月一〇日ころから二週間位、本件焼却炉の煙突から赤い降下物が放出され、控訴人ら方を含む附近一帯に降下した。その原因はごみ焼却炉の熱交換器のパイプの腐食による赤さびと判明したが、この赤さびにはその分析の結果によれば、有害重金属であるマンガン、ニツケルが異常な高濃度で含まれていたのであつて、このことからも本件各焼却炉が控訴人のいうように安全無公害であるということはありえないことが明らかである。

なお、控訴人らは、右赤さびの降下に関して、被控訴人がいう島内連合町会との公害防止協定に基づく公害防止協議会を開催し調査をするように申入れたが無視され、右公害防止協定は有名無実で全く機能していない。

(新たな証拠) <略>

理由

一  当裁判所は、当審における新たな証拠調の結果を参酌しても、控訴人らの本件仮処分申請を失当として却下すべきものと判断するものであるが、その理由は、次のとおり付加し、改めるほか、原判決説示の理由と同一であるからこれを引用する。

1  原判決二八枚目裏一〇行目と同一一行目の間に次のとおり挿入する。

「なお、被控訴人が本件焼却工場の建設、稼働に関して、同工場周辺地に居住する住民で構成される平瀬川西町及びその上部組織である島内連合町会との間でそれぞれ公害防止協定を締結していることは当事者間に争いがないところ、控訴人らは右各協定の当事者ではないとしても、島内地区の居住者として右各協定に定める地元住民としての利益を享受していることが明らかである。」

2  同二九枚目表五行目の「保証値」の次に「並びに前記公害防止協定に基づく基準値」を、同六行目の「乙第一三号証」の次に「、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第一六四号証のA、B」をそれぞれ加える。

3  同三〇枚目表九行目以下同裏二行目までを次のとおり改める。

「被控訴人から本件焼却工場建設を請負つた三菱重工業株式会社は、右の各規制基準のうちばいじんについて〇・〇五g/Nm3(乾ガス)以下を保つように性能保証をしている。

また、前記公害防止協定に基づく右各物質についての基準値は次のとおりである。

〈1〉ばいじん  〇・〇五g/Nm3以下

〈2〉硫黄酸化物 最高値一〇〇ppm以下 平均値(一年間の測定値の平均値)六〇ppm以下

〈3〉窒素酸化物 最高値二五〇ppm以下 平均値(右に同じ)一五〇ppm以下

〈4〉塩化水素  最高値四三〇ppm以下 平均値(右に同じ)三〇〇ppm以下」

4  同三三枚目表八行目「AないしE、」の次に「成立に争いがない疎乙第二二九号証の一ないし四、同第二三〇号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第二三一号証、同第二三九号証の一ないし六」を、同三四枚目裏一行目の冒頭に「成立に争いがない疎乙第二三三ないし第二三六号証の各一、二、」を、同四行目の「第一五六号証」の次に「、同第二一六号証、同第二三八号証の一ないし一四」をそれぞれ加える。

5  同三五枚目表三行目と同四行目との間に次のとおり挿入する。

「(3) さらに、被控訴人は、別表(六)のとおり、本件焼却工場から排出される排煙中の右各排ガスの排出時の濃度についての測定を、同表測定実施日欄記載のとおりの年月日に実施したが、その結果は同表実測値欄記載のとおりであつた。」

6  同三五枚目表四行目以下同六行目までを次のとおり改める。

「(4)右(1)ないし(3)の各測定の結果は、いずれも法の規制基準は勿論、前記公害防止協定の基準値をも満足させるものであつた。」

7  同三七枚目裏四行目の「できない。」とあるのを、「できないし、また、本件各焼却炉が、他の市に建設された同機種のマルチン炉に比べて火格子面積が小さいことから、不完全燃焼の事態を生ずるおそれがあることを疎明するに足りる証拠はない。」と改める。

8  同四一枚目裏一一行目から一二行目にかけて「本件各焼却炉の窒素酸化物の排出濃度についての性能保証値」とあるのを「前記のとおり本件各焼却炉の窒素酸化物の排出濃度についての前記公害防止協定の基準値」と改め、同四二枚目表四行目から五行目にかけて「及び前記の窒素酸化物の排出濃度についての性能保証値」とあるのを削除し、同裏三行目に「性能保証値」とあるのを「公害防止協定の基準値」と改め、同一〇行目に「や性能保証値」と、同一二行目に「及び性能保証値」と、同四三枚目表六行目に「及び前記の塩化水素の排出濃度についての性能保証値」とそれぞれあるのをいずれも削除し、同一二行目に「前記性能保証値」と、同裏五行目に「性能保証値」とそれぞれあるのをいずれも「前記公害防止協定の基準値」と改める。

9  同四五枚目裏末行の「第二一四号証」の次に「、成立に争いがない同第二三二号証」を、同四六枚目表一〇行目の「測定地点」の次に「(測定地点1ないし5のうち、5の金井宅は控訴人ら宅の近くである。)」をそれぞれ加え、同四八枚目表四行目に「一・七メートル」とあるのを「一・〇六メートル」と改める。

10  控訴人らは、昭和五六年六月中に本件焼却炉の煙突から有害物質を含む赤色降下物が付近一帯に落下したことから本件各焼却炉が安全無公害とはいえない旨主張する。

しかし、<証拠略>を総合すると、昭和五六年六月中に一週間ほど松本市の清掃センター周辺地域に赤色降下物が落下したが、その原因は、調査の結果、本件各焼却炉でごみを燃やす際にできる高温の排ガスを利用して近くの平瀬保養所等に供給する温水をつくるため、本件二号焼却炉に付設された熱交換器の鉄管が水分二、三〇パーセント・高温度の排ガスのため予想外の速さで腐食し、小穴が生じて温水がふき出し、パイプから赤さびが脱落してこれが誘引通風機により煙突から放出されたためであることが判明したので、被控訴人は、同年八月中旬までに本件二号焼却炉の熱交換器の鉄管取替工事を施工し、さらに事故を未然に防止するため、本件一号焼却炉に付設された熱交換器の鉄管についても同年一一月初旬までにこれを取替えたこと、(2)右赤色降下物は、人体に影響のない程度の量の酸化第二鉄が主成分で、そのほか人体に被害を生じさせない程度の低濃度のマンガン、ニツケル、カルシウム、亜鉛等からなつており、人体に有害な物質として大気汚染防止法の規制を受けるカドミウム、鉛などは検出されなかつたこと、以上の事実が一応認められ、右認定の事実からすると、右事故は、本件二号焼却炉に付設された熱交換器の鉄管が予想以上の速さで腐食し、これに対する点検、管理が十分でなかつたために生じたことが窺われるが、事故原因の判明後は、直ちに本件二号焼却炉のみならず本件一号焼却炉についても熱交換器の鉄管が取替えられて安全運転がされており、しかも控訴人らが問題とする赤色降下物中のニツケル、マンガンによつては人の生命身体に被害を生じさせることはなかつたということができるから、控訴人らの前記主張は失当というほかはない。

11  控訴人らは、被控訴人が平瀬川西町及びその上部組織である島内連合町会との間で締結した公害防止協定は有名無実で、機能していない旨主張する。

しかし、<証拠略>によれば、(1)右協定では、「別表に定める基準値(硫黄酸化物、窒素酸化物及び塩化水素については最高値)を超え、又は超えることが予想され、環境が悪化するおそれが生じた場合には、直ちに焼却量の削減、操業の一時停止等公害の防止に必要な措置をとること」と規定され(一条一項五号)、また同協定によつて被控訴人に課せられた各種公害に関する調査義務に基づいて、被控訴人が測定した結果は公表するものとされ(五条一項、七条)、現に公表されていること、(2)これら協定の適正な運用を図るため公害監視機関として公害防止協議会の設置が規定され(第四条)、同協議会には住民の意見が十分に反映される仕組みになつており、同協議会は原則として四か月毎に開催されるほか、必要が生じた時は随時開催することができるとされていること、以上の事実が一応認められるから、将来の公害防止に関する措置は十分確立され、これを監視する公害防止協議会も機能することが保証されているというべきである。それ故控訴人らの前記主張は失当である。

二  そうすると、本件仮処分申請を却下した原判決は相当であつて、本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川義夫 廣木重喜 寒竹剛)

別表(六) 排ガス測定結果一覧表

排出物質

測定実施日(炉)

ばいじん

硫黄酸化物

(SOX)

窒素酸化物

(NOX)

塩化水素

(HCl)

備考

実測値

昭和55年4月25日

(三菱マルチン1号炉)

0.02g/Nm3

30ppm

150ppm

170ppm

〃5月8日

(〃 2号炉)

0.01g/Nm3

50ppm

70ppm

200ppm

〃6月19日

(〃 2号炉)

0.02g/Nm3

80ppm

90ppm

260ppm

〃7月16日

(〃 1号炉)

0.02g/Nm3

70ppm

120ppm

270ppm

〃8月11日

(〃 1号炉)

0.01g/Nm3

60ppm

120ppm

230ppm

〃9月11日

(〃 2号炉)

0.01g/Nm3

50ppm

140ppm

250ppm

〃10月28日

(〃 2号炉)

0.01g/Nm3

50ppm

100ppm

260ppm

〃11月19日

(〃 2号炉)

0.01g/Nm3

80ppm

130ppm

300ppm

〃12月5日

(〃 1号炉)

0.01g/Nm3

80ppm

70ppm

410ppm

〃12月13日

(〃 1号炉)

270ppm

塩化水素のみ再測定

昭和56年1月31日

(〃 1号炉)

0.02g/Nm3

30ppm

140ppm

240ppm

〃2月20日

(〃 2号炉)

0.01g/Nm3

50ppm

150ppm

200ppm

〃3月12日

(〃 2号炉)

0.02g/Nm3

40ppm

130ppm

280ppm

年間平均値

平均60ppm

平均120ppm

平均260ppm

昭和55年度平均値

〃4月16日

(〃 2号炉)

0.03g/Nm3

70ppm

150ppm

320ppm

〃5月12日

(〃 1号炉)

0.01g/Nm3

60ppm

120ppm

270ppm

〃6月15日

(〃 2号炉)

0.01g/Nm3

60ppm

120ppm

290ppm

〃7月21日

(〃 1号炉)

0.01g/Nm3

50ppm

150ppm

330ppm

〃8月31日

(〃 1号炉)

0.03g/Nm3

50ppm

100ppm

280ppm

〃9月18日

(〃 1号炉)

0.02g/Nm3

50ppm

130ppm

260ppm

〃10月23日

(〃 2号炉)

0.004g/Nm3

30ppm

120ppm

230ppm

〃11月9日

(〃 2号炉)

0.01g/Nm3

80ppm

130ppm

280ppm

〃12月21日

(〃 1号炉)

0.03g/Nm3

90ppm

120ppm

260ppm

昭和57年1月19日

(〃 1号炉)

0.03g/Nm3

70ppm

130ppm

290ppm

〃2月19日

(〃 2号炉)

0.02g/Nm3

50ppm

120ppm

270ppm

〃3月5日

(〃 2号炉)

0.01g/Nm3

30ppm

120ppm

220ppm

年間平均値

平均60ppm

平均130ppm

平均280ppm

昭和56年度平均値

〔参考〕第一審判決(長野地裁松本支部 昭和五三年(ヨ)第八号昭和五六年七月一六日判決)

主文

一 本件仮処分申請をいずれも却下する。

二 申請費用は債権者らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 債権者ら

1 (主位的申立)

債務者は、別紙物件目録(一)の土地上に存在する同(二)のごみ焼却工場の稼働をしてはならない。

(予備的申立)

債務者は、債権者らと債務者との間で別紙記載の条項を含む公害防止協定が締結されるまで、別紙物件目録(一)の土地上に存する同(二)のごみ焼却工場を稼働してはならない。

2 申請費用は債務者の負担とする。

二 債務者

主文同旨

第二当事者の主張

一 債権者らの申請理由

1 債務者は、地方公共団体であるが、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)に別紙物件目録(二)記載のごみ焼却工場(以下「本件焼却工場」という。)を建設し、現在、これを稼働させて松本市民が廃棄するごみを処理している。

2 債権者らは、いずれも、本件焼却工場の近隣に居住している者である。

3 (本件焼却工場稼働の違法性)

本件焼却工場は、その稼働により公害が発生する危険性のあるものであり、債権者らは、右公害によつて種々の被害を受けるおそれがあるから、その防止のため、本件焼却工場の操業の差止めを求めるものであるが、以下右公害発生の危険性について詳述する。

(一) (事前調査の欠如)

(1) 本件土地の選定について

ごみ焼却工場建設用地の選定にあたつては、ごみ収集運搬の効率、周辺の条件、地形、地質、地域特性(風向及びその季節的変化、気流域の構造、逆転層の発生状況等)などを検討したうえで、最適の地を選定しなければならないところ、債務者は、右の諸点について何ら検討を加えることなく、本件焼却工場の建設用地として本件土地を選定した。しかし、本件土地は、梓川と奈良井川の合流点付近に位置し、冬期無風のときには霧がたちこめることがあるなどの諸事情に鑑みれば、ごみ焼却工場の建設用地としては不適当な土地である。

(2) 環境影響事前評価、ごみ質調査について

〈1〉 ごみ焼却工場の建設にあたつては、同工場からの排水、排煙、臭気、振動、騒音などによる環境汚染を未然に防止するため、これらを事前に評価しておかねばならないところ、債務者は、本件焼却工場の建設にあたり右の評価を行つていない。

〈2〉 また、ごみ焼却工場の焼却炉は、燃焼させる物質が均質的でなく、多種多様であり、場所・季節によつても変化するものであるため、その機種の選定にあたつては、同炉で焼却すべきごみのごみ質を調査し、これに最も適した焼却炉を選定すべきであるが、債務者は、本件焼却工場に設置すべき焼却炉の機種の選定に際し、右の調査を行わなかつた。

(二) (住民の意向の無視)

ごみ焼却工場は、現在の技術水準をもつてしては全く無公害なものを期待することはできず、その稼働に伴い排煙、排水、悪臭、騒音などによる各種の環境汚染が生ずることは避けられない。したがつて、ごみ焼却工場を設置する地方公共団体としては、その建設にあたり、周辺住民と十分に話し合い、その協力を求め、かつこれらの者と右工場の稼働に伴つて生ずべき公害に関しての実効性ある公害防止協定を締結する必要がある。しかるに債務者は、本件焼却工場の建設にあたり、周辺住民との間で右建設について十分な話合をしていない。なお債務者は、本件焼却工場の建設、稼働に関して、同工場周辺地域に居住する住民で構成される平瀬川西町会及びその上部組織である島内連合町会との間でそれぞれ公害防止協定を締結しているが、右協定によっては実効性ある公害防止措置を期待できない。しかも、債権者らは、右各協定の当事者ではなく、結局、債務者は、本件焼却工場の近隣住民である債権者らとの間で本件焼却工場の稼働に関する公害防止協定を締結していない。

したがって、債務者による本件焼却工場の稼働は許されず、又は少なくとも債権者らと債務者との間に別紙記載の条項を含む公害防止協定が締結されるまでは右稼働は許されない。

(三) (本件焼却工場の稼働に伴う公害の発生)

(1) 総論

各種公害防止関係法令は、有害物質の排出を規制し、一定の規制基準を設定しているが、右規制基準は必ずしも科学的な裏付をもつものとはいえないから、右規制基準を上回る行為のみを規制すれば事足りるというものではない。特に、ごみ焼却による排煙については、焼却される物質の多様性により、排出される有害物質も多種多様となるが、この様な場合には各有害物質の有害性は相乗的に強まるから、排出される個々の有害物質の排出濃度が各別にはその排出基準を満たしているとしてもなお公害の発生の危険性があるというべきことになる。

(2) 被害の各論(排煙による汚染)

(排出量)

(ア) ばいじん

ばいじんの発生は、物質の燃焼には不可避の現象であるところ、その排出量を減少させる方策としては、まず、物質をできるだけ完全燃焼に近い状態で燃焼させることによつてばいじんの発生量を抑え、そのうえで排煙中のばいじんを除去装置によつて排出前に除去することになる。

ところで、本件焼却工場に設置された二基のごみ焼却炉(以下「本件各焼却炉」という。)は、三菱マルチン(MR―W)形連続燃焼式焼却炉であり、その火格子燃焼率は三一四kg/m2h、ごみ質の設計値は八〇〇Kcal/kg~二〇〇〇Kcal/kgとされている。しかし、債務者は、松本市のごみのごみ質を調査することなく右ごみ質の設計値を設定したため、右設計値の下限以下のごみ質のごみが右各焼却炉で焼却されるおそれがある。また、右各焼却炉の面積は、右の火格子燃焼率・ごみ質の設計値を前提としても一日一五〇トンのごみを焼却する炉の面積としては小さすぎる。

右の諸事情から、右各焼却炉にごみ質の設計値の下限近くのごみやそれ以下のごみ質のごみが投入されたときには不完全燃焼の事態が発生し、ばいじんの発生量が著しく増大してしまう。

ところで、債務者は、本件各焼却炉の稼働に伴つて発生するばいじんの除去対策として、右各焼却炉にばいじんの排出濃度の性能保証値〇・〇五g/Nm3の電気集じん器を設置しているが、債務者は、当初、ばいじん除去の設備としてマルチサイクロンと電気集じん器を併用する予定でいたところ、その後これを変更し、当初から設置を予定していた規模、性能の右電気集じん器のみによつてばいじん除去することにした。しかしながら、右の規模、性能の電気集じん器によつては、右各焼却炉から排出されるばいじんの濃度を前記性能保証値以下に抑えることはできない。

以上のとおりのばいじん対策の不備の結果、債務者が本件焼却工場の試運転をした際、ばいじん濃度が〇・一g/Nm3以下であれば見えないはずの灰色煙が同工場の煙突から連日のように噴出し、特に、昭和五五年三月二八日から同月三〇日ころにかけては黒煙が右煙突から噴出していた。

右の状態からも明らかなように、本件焼却工場から排出される排煙中のばいじん量は、国の規制値である〇・二g/Nm3をも超えている。

(イ) 窒素酸化物

ごみ焼却工場から排出される排煙中の窒素酸化物は、ごみの中に含まれている窒素が高温燃焼により酸化して、また燃焼用空気の中の窒素が高温雰囲気において酸化して発生し、その主体は一酸化窒素と二酸化窒素であるが、このうち二酸化窒素についてのみ環境基準が定められている。

ところで、窒素酸化物については、その除去装置がいまだ開発されていないため、その対策としては、ごみ焼却炉内における燃焼反応を緩かにして燃焼温度の上昇を防ぎ、もつて窒素酸化物の発生量の減少をはかるしかないところ、本件各焼却炉は、炉容積がいずれも八八・九立方メートルであつて本件各焼却炉のごみ処理量の設計値(いずれも一日あたり一五〇トン)に比して小さいため火炉負荷が大きく、そのために炉内温度が上昇しやすいにもかかわらず、本件各焼却炉には炉冷却用フアンが設置されておらず、炉内温度の制御が容易でないから、他の焼却炉に比して多量の窒素酸化物が発生する。

右の事情からすると、本件焼却工場の稼働に伴つて、同工場から前記の法の規制値及び性能保証値を超える濃度の窒素酸化物が排出されている。

(ウ) 硫黄酸化物

ごみ焼却工場から排出される硫黄酸化物は、ごみの中に含まれている硫黄分がごみの燃焼により酸化して発生するものであるところ、松本市のごみは他都市のごみに比して多量の硫黄分を含んでおり、これを焼却している本件焼却工場からは多量の硫黄酸化物が排出されているが、債務者は、本件各焼却炉に硫黄酸化物除去装置を設置していない。

したがつて、本件焼却工場からは前記の法の規制値及び性能保証値を超える濃度の硫黄酸化物が排出されている。

(エ) 塩化水素

ごみ焼却工場から排出される塩化水素の大部分は、ごみに混入しているプラスチツク廃棄物中の塩化ビニールの燃焼によつて発生するところ、債務者は、塩化水素対策として、まずプラスチツク廃棄物を他のごみと分別して収集し、これを埋立ごみとして処理し、プラスチツク廃棄物の焼却工場への搬入を防止し、更に本件焼却工場の各焼却炉に乾式の塩化水素除去装置を設置した。

しかしながら、分別収集によるプラスチツク類の焼却工場への搬入防止は、完全を期することができるものではなく、しかも、松本市における分別収集は、現実には効果があがつていない。更に埋立地は、近い将来埋めつくされてしまうが、そうなると分別収集は不可能となる。また、塩化水素除去装置は、その出口における塩化水素の濃度を常時人体に影響を及ぼさない程度に維持できる性能を具備している必要があるが、債務者の設置した前記塩化水素除去装置は乾式の除去装置の中で最も性能の劣るものであるから、出口における塩化水素濃度を常時人体に影響を及ぼさない程度に維持する性能を有するものではない。

右事情からすれば、本件焼却工場からは、前記の法の規制値及び性能保証値を超える濃度の塩化水素が排出されていることになる。

(着地濃度)

法は、排煙について、有害物質の排出基準のみを設定し、有害物質の着地濃度については規制をしていない。ところで、債務者は、排煙の拡散及び煙突からの上昇高さにつきいつでも実験、観察できる立場にありながらこれを怠り、サツトンやホランドの拡散式を用いて排煙の着地濃度を推定し、ボサンケの式で排煙の上昇高さを求めている。しかしながら、右各式は風が一様に吹き、地上での水平気温分布及び垂直方向の気温分布がいずれも一様で、かつ煙突から排出された排煙は蛇行、急上昇、急降下のいずれをもすることなく、煙突を頂点とする円錐状に拡がつていくような状態の中でのみある程度の有効性を有するにすぎないが、本件焼却工場付近には、同工場を挟んで二本の水温の異なる川が流れ、同工場の東側には、南北に走る山並みがあり、この地形からすれば、本件焼却工場付近の気流の乱れは大きい。

したがつて、本件焼却工場から排出される排煙の拡散についてサツトンやホランドの拡散式を適用することはできず、また煙突の上昇高さについてボサンケの式を適用することもできないのであつて、同工場から排出される有害物質の着地濃度は、右各式による値よりもはるかに高濃度になる。また、本件焼却工場からの排煙については、ダウンドラフト現象やダウンウオツシユ現象が生起することがある。

更に、本件焼却工場付近に逆転層が生じたときには、同工場から排出される排煙は拡散されることなく横にたなびいて同工場付近の上空に停滞する。そして、太陽が照り、地上温度が上昇し始めると、逆転状態は地上付近から崩れはじめ、これが排煙の停滞している高度に達すると、排煙は急激に地下へ落下し、いわゆる「いぶし現象」と呼ばれる高濃度汚染をひき起す。

また、本件焼却工場付近には、冬期無風の際には、霧が発生するが、その高さは、煙突の高さよりも高く、そのため排煙は、すべて霧の中に包み込まれてしまう。このような状況下においては、排煙中のばいじんの粒子が核となつて霧の発生を助長し、排煙の拡散は、一層困難となつて、地上付近に人体に吸収されやすくなつた有害物質が増加することになる。

4 (被保全権利)

(一) 財産権に基づく物権的請求権

債権者らは、いずれも、本件焼却工場の近隣に土地・家屋を所有又は賃借して居住しているところ、同工場の設置、稼働に伴うばい煙の降下、悪臭の発散などにより債権者らの右土地・家屋の使用収益が妨げられ、また同工場で使用する井戸水のくみ上げにより、債権者らが所有又は使用している井戸が涸れてしまう。更には、いわゆる迷惑施設である本件焼却工場の存在自体によつて、債権者らの右土地の地価が下落してしまう。

したがつて、債権者らは、右土地・家屋の所有権又は占有権に基づき本件焼却工場の稼働の禁止を求める物権的請求権を有する。

(二) 人格権に基づく差止請求権

本件焼却工場の稼働に伴う公害の発生により債権者らが生命・身体・健康に対して悪影響を受ける蓋然性は極めて高く、また債権者らは、いわゆる迷惑施設である本件焼却工場の存在によつて精神的苦痛を被つているから、人格権に基づき本件焼却工場の稼働の禁止を求める権利を有する。

5 (保全の必要性)

債務者は、現在本件焼却工場を稼働させているが、同工場の稼働が今後も継続されれば、債権者らは、その生命・身体・健康・財産等について重大な損害を被るおそれがあるから、現時点で同工場の稼働を差止めておく必要があり、また少なくとも債権者らと債務者との間に別紙記載の条項を含む公害防止協定が締結されるまでの間は右稼働を差止める必要がある。

6 (まとめ)

以上により、債権者らは、主位的に債務者の本件焼却工場稼働の禁止の、予備的に債権者らと債務者との間に別紙記載の条項を含む公害防止協定が締結されるまでの間の右稼働の禁止の裁判を求める。

二 債務者の答弁

1 申請の理由1、同2はいずれも認める。

2(一) 同3のうち、本件焼却工場がその稼働によつて公害を発生させる危険性を有するとの点及び右稼働により債権者らが種々の被害を受けるおそれがあるとの点はいずれも否認する。

(二)(1) 同3(一)(1)について 本件土地がごみ焼却工場建設用地として不適当な土地であるとの点は否認する。

(2) 同3(一)(2)について 〈1〉については、ごみ焼却工場の建設にあたつては、同工場の排水、排ガス、臭気、振動、騒音などによる環境汚染を未然に防止するためこれらを事前に評価しておかねばならぬとの主張は争う。〈2〉の主張は争う。

(三) 同3(二)について 債権者ら主張のとおりの公害防止協定が締結されたことは認め、債務者が本件焼却工場建設について周辺住民と十分な話合をしていないとの点及び右公害防止協定によつては実効性のある公害防止措置を期待することができないとの点はいずれも否認する。

三 債務者の主張

1 (本件焼却工場設置の経過)

債務者は、本件焼却工場設置前には、昭和三九年建設の六〇トン/日の焼却能力を有するバツチ炉、昭和四一年建設の一〇トン/日の焼却能力を有するバツチ炉(旧本郷村分)、昭和四三年建設の五〇トン/8hの焼却能力を有する機械化バツチ炉、昭和四八年に本件焼却工場の側の敷地に建設されたごみ焼却工場の一五〇トン/24hの焼却能力を有する機械炉の四基のごみ焼却炉を保有していたが、右のうち昭和三九年建設の炉は老朽化して使用不能になり、また昭和四一年建設の炉、同四三年建設の炉はいずれも焼却能力が著しく低下し、周辺の住民からごみ焼却に関する苦情がでるようになった。更に、昭和四八年建設の炉も最近のごみ質の悪化や炉のオーバーホールを勘案すると一日の焼却能力は一〇〇トン前後に低下してしまつた。

これに対し、松本市における可燃ごみの排出量は、別表(一)記載のとおり毎年増加の一途をたどつてきた。

そして、昭和五一年一一月五日にいたり、本件焼却工場の近隣に居住する住民で組織された平瀬川西町会は、町会員二七四名の連署をもつて債務者に対し、右の昭和四八年建設の焼却炉の性能低下によるばいじん落下についての苦情を申し出るとともに同焼却炉の撤去を要請してきた。

右のような状況の下において、債務者は、地域住民からの右要請を契機として、昭和五二年度から同五四年度までの間にごみ焼却工場を改築整備することを内容とする実施計画を策定したうえで本件焼却工場を建設し、機能試験、性能確認検査の後、債務者の職員による同工場の操業態勢に入り現在に至つている。

2 (事前調査及び周辺住民との話合)

(一) ごみ質調査について

ごみ焼却炉の処理能力は、ごみ質によつて変化するので、ごみ焼却炉を新設する場合には、当該炉で焼却すべきごみのごみ質を分析し、ごみ質の上限と下限を決定し、その範囲内のごみを処理できる能力を有する焼却炉を設置する必要があるところ、債務者は、昭和四九年度以降松本市内で収集されるごみの三成分調査と組成分析を行つており、このごみ質分析の結果を整理して、これを本件各焼却炉の設計処理能力の算定に反映させ、本件各焼却炉の設定ごみ質を八〇〇Kcal/kg~二〇〇〇Kcal/kgの範囲に設定した。

(二) 環境アセスメントについて

本件焼却工場建設にあたり、本件焼却工場稼働が環境に及ぼす影響について事前に調査・予測評価をしなかつたことは、それ自体としては、本件焼却工場操業の禁止の根拠たりえない。

(三) 周辺住民との話合及び公害防止協定の締結

債務者は、本件焼却工場建設にあたつて、同工場敷地の近隣の住民によつて組織されている平瀬川西町会と十分に話合をし、右建設につきその了解を得ており、また右住民のうちの希望者については、債務者の費用で各都市のごみ焼却炉の視察を実施し、更に右住民に対しては文書などによつてその理解と協力を求めた。

そして、右住民の理解を得たうえで、債務者は、前記平瀬川西町会及びその上部組織である島内連合町会との間で本件焼却工場の稼働に関する公害防止協定を締結した。

3 (債務者の公害防止対策)

本件焼却工場についての各種公害関係法令による規制値及び本件焼却工場の建設を請負つた三菱重工業株式会社の性能保証値は別表(二)のとおりであるところ、本件各焼却炉の性能からすれば、債務者は、本件各焼却炉に設置した公害防止設備及びごみの分別収集等の公害防止のための諸施策の実施によつて、本件焼却工場の稼働に際し、右の法の規制値は勿論右の性能保証値をも守ることが可能でのり、現に、いままでの本件焼却工場の稼働においてこれを守つてきている。

したがつて、本件焼却工場は、その稼働に伴つて公害が発生するおそれのあるものではない。

以下、債務者の公害防止対策について詳述する。

(一) ばいじん対策

債務者は、本件焼却工場建設時よりも以前に松本市のごみのごみ質を調査し、その結果をふまえて、本件焼却工場に設置すべき焼却炉の性能を決定したが、右調査の結果、松本市のごみのごみ質は八〇〇Kcal/kgから一七〇〇Kcal/kgの範囲内にあり、平均は一三〇〇Kcal/kgであることが判明したので、これを基礎として将来のごみ質の変化の可能性をも考慮し、本件各焼却炉において焼却すべきごみのごみ質の設計値を八〇〇Kcal/kg~二〇〇〇Kcal/kgとした。

ところで、三菱マルチン炉は、他の機種の焼却炉に比して火格子面積は小さいけれど、独特の逆送式ストーカを採用しているため、ごみの炉内滞留時間は約三時間と他の焼却炉とくらべて長く、また灼熱層が逆送されるため、ごみの乾燥も十分行われ、このために厚焚きが可能であり、更に本件各焼却炉には燃焼用の空気を直接炎の中心に吹き付け完全燃焼を促進させる装置が設置されているから、本件各焼却炉稼働の際不完全燃焼の事態が生ずることはない。

次に、本件各焼却炉には、ばいじん対策として、電気集じん器を設置しているが、最近の集じん装置はマルチサイクロンを取り付けず電気集じん器のみを設置する傾向にある。これは、最近では電気集じん器の性能が向上し、電気集じん器のみで十分ばいじん処理ができるようになつたためである。ところで、電気集じん器の性能は、ガス流速、集じん極面積、電圧等の諸要素によつて決定されるところ、最近では電極・電圧等の改良によつて集じん速度を速くすることができるようになり、その分だけ集じん極面積が小さくなつてきている。債務者が本件各焼却炉に設置した電気集じん器の集じん速度は、他都市のごみ焼却炉に三菱重工業株式会社が設置した電気集じん器の集じん速度よりも速くなつており、その分小型になつているが、出口ばいじん量を〇・〇五g/Nm3の設計値内におさめることができる性能を有するものである。

(二) 窒素酸化物対策について

ごみ焼却に伴う窒素酸化物の発生量は、ごみ焼却炉の炉出口温度の上昇に比例して増加するところ、本件各焼却炉は、炉出口温度を八五〇℃を中心としてその前後五〇℃の範囲内に自動的に制御できるようになつており、しかもその制御は容易である。

したがつて、本件焼却炉は、その稼働に伴う窒素酸化物の排出について、公害防止関係法令の定める規制基準を遵守できることは勿論、前記性能保証値をも十分に満足させることができる。

(三) 硫黄酸化物対策について

松本市内において収集されるごみの中には硫黄分を含むごみ(ゴム・皮革類)が〇・五パーセント(乾ベース)の割合で存在するが、右含有率は他都市のごみ中の硫黄分を含むごみの含有率と差異はない。ただ、従前、松本市内で収集されたごみを焼却した際、一時的に硫黄酸化物の排出濃度が高くなつたことがあつたが、これはごみ焼却の助燃剤として使用していた重油中の硫黄分に起因する現象であつて、重油を使用しないときの硫黄酸化物の排出濃度は高くなかつた。

そして、債務者は、本件各焼却炉稼働の際の助燃剤として硫黄分の少ない一号灯油を使用するから、本件各焼却炉稼働の際硫黄酸化物の濃度は一時的にも高くなることはない。

したがつて、本件各焼却炉は、硫黄酸化物除去装置を設置するまでもなく、公害関係法令の規制基準を遵守できることは勿論、前記性能保証値をも十分に満足させることができる。

(四) 塩化水素対策について

(1) ごみの分別収集

ごみ焼却に伴う塩化水素の発生は、プラスチツク類に含まれている塩化ビニールの燃焼がその主たる原因になつているところ、債務者は、プラスチツク類のごみと一般のごみとの分別収集を実施し、プラスチツク類のごみはごみ焼却炉に搬入しないで埋立ごみとして埋立地に持ち込むことにしている。そして、債務者は、その徹底をはかるため、本件焼却工場内のごみ搬入路に「分別収集」の立看板をたてて、ごみ収集業者に対する指導をはかり、更には、月に数回、搬入されてくるごみの抜きうち検査を実施し、その際、ごみの中にプラスチツク類が多量に混入しているときにはその場で分別させ、プラスチツク類は埋立ごみとして埋立地へ持ち込むように指導している。また、債務者は、一般市民、事業所に対し、広報、有線放送、パンフレツト、説明会等によつて右分別収集についての理解、協力を求め、ごみ収集許可業者に対しては、右分別収集の強化を継続的に指導している。

(2) 塩化水素除去装置の設置

債務者は、昭和五五年二月二九日、本件各焼却炉に乾式の塩化水素除去装置(除去率四三〇ppmのとき三〇パーセント)を設置した。

(3) 右(1)(2)の対策により、本件各焼却炉は、その稼働に伴う塩化水素の排出について、公害関係法令の規制基準を遵守できることは勿論、前記性能保証値をも満足させることができる。

4 (本件焼却工場の安全性)

(一) 性能試験、性能確認検査

本件焼却工場の完成後、三菱重工業株式会社は、昭和五四年六月一三日から同月一六日までの間、債務者の職員の立合の下に本件各焼却炉の性能試験を実施し、また債務者は、同年八月一日から同月四日までの間、財団法人日本環境技術センターに依頼して、本件各焼却炉の性能確認検査を実施したが、右性能試験においては、最終的には、本件各焼却炉のいずれもが、ごみ処理能力、炉出口温度、焼却残渣の熱灼減量、排煙中のばいじん濃度、騒音、振動、悪臭についての三菱重工業株式会社の性能保証値を満足できたし、右性能確認検査においても右各項目についての右性能保証値を満足できた。

なお、右性能試験、性能確認検査の期間中ダウンドラフト、ダウンウオツシユ現象は起らなかつた。

(二) 排煙中の有害物質の濃度

債務者は、別表(三)のとおり本件焼却工場の稼働に伴つて排出される排煙中のばいじん、硫黄酸化物、窒素酸化物、塩化水素の濃度の測定を実施したが、その結果は同別表実測値欄記載のとおりである。

右の値は、いずれも大気汚染防止法の規制基準値よりもはるかに低濃度であり、かつ本件各焼却炉の右各物質の排出濃度についての前記性能保証値よりも低濃度である。

右(一)の性能試験、性能確認検査、(二)の各測定の結果からすれば、債務者は、本件焼却工場の稼働につき前記性能保証値を十分に満足させることができる。

5 (着地濃度)

本件焼却工場から債権者らの居住地までの地形は平坦で、本件焼却工場付近は二本の川によつてできた扇状地であり、周辺に地形の凹凸はほとんどない平坦地である。ただ、本件焼却工場の東側には南北に走る山並みがあるが、これは本件焼却工場から七〇〇メートル以上離れている。

右のごとき本件焼却工場付近の地形からすれば、本件焼却工場付近は同工場の煙突から排出される排煙の拡散及び着地濃度についてサントンやホランドの拡散式を用いて排煙の着地濃度を予測することが可能な地域である。

したがつて、本件焼却工場から排出される排煙の着地濃度は、右各拡散式によつて予測することが可能である。

なお、債権者らは、本件焼却工場付近に逆転層が発生した場合には煙の拡散が阻害され高濃度汚染状態になる旨主張するが、逆転層の高さが有効煙突高より高ければ、逆転層がいくら強くても排煙は逆転層の影響を受けることなく、逆転層が全くない場合と同様に拡散し、他方逆転層の高さが有効煙突高よりも低い場合には排煙は逆転層の高さまで上昇し逆転層に沿つてたなびき希釈拡散され、逆転層が弱ければ、排煙は、逆転層をつき破つて上昇して拡散される。また、いわゆる「いぶし現象」が起こる確率は極めて小さいものであり、たとえ発生しても排煙の発生源の近くではほとんど出現する可能性のない特異な現象である。

更に、債権者らは、本件焼却工場付近に霧が発生した場合には排煙による高濃度汚染の事態が生ずる旨主張するが、本件焼却工場付近で冬期に霧が発生する場合には風がほとんどないから本件焼却工場の煙突の有効煙突高が高くなるので排煙は高く上昇して拡散されるのであつて債権者ら主張のような事態は生じない。

6 (まとめ)

以上のとおり、本件焼却工場は松本市のごみ処理対策として必要不可欠なものであるうえ、公害の発生のおそれもなく、債権者らに受忍限度を超える被害を与えるおそれはないから、本件仮処分申請は却下されるべきである。

第三証拠 <略>

理由

一 債務者が地方公共団体であること、債務者が本件土地上に本件焼却工場を建設し、現在これを稼働させて松本市民が廃棄するごみを処理していること、債務者らがいずれも本件焼却工場の近隣に居住する者であることは、当事者間に争いがない。

二 本件焼却工場設置の経過

<証拠略>並びに弁論の全趣旨を総合すると以下の事実を一応認めることができ、右認定に反する証拠はない。

債務者は、本件焼却工場を設置する以前には、昭和三九年に建設した処理能力の設計値一日六〇トンのバツチ炉、昭和四一年に建設した処理能力の設計値一日一〇トンのバツチ炉(旧本郷村分)、昭和四三年に建設した処理能力の設計値八時間五〇トンの機械化バツチ炉及び昭和四八年に建設した処理能力の設計値二四時間一五〇トンの機械炉を保有していたが、右各焼却炉のうち昭和三九年建設の炉は老朽化して使用不能になり、また昭和四一年建設の炉及び同四三年建設の炉はいずれも焼却能力が著しく低下し、その稼働について周辺住民から苦情がでるようになり、更に昭和四八年建設の炉も一日の処理能力が一〇〇トン前後に低下してしまつた。

一方、松本市における可燃ごみの排出量は別表(一)記載のとおりであつて、毎年増加してきている。

右のような情勢の下で、右の昭和四八年建設の焼却炉の近隣に居住する住民によつて組織された平瀬川西町会は、昭和五一年一一月五日町会員二七四名の連署をもつて債務者に対し、右炉の性能低下によるばいじんの落下についての苦情を申し出るとともに、同焼却炉の撤去を要請してきた。

債務者は、右要請を契機として、昭和五二年度から同五四年度までの間にごみ焼却工場を改築整備することを内容とする実施計画を策定したうえ、昭和四八年建設の炉が設置されている焼却工場の側の本件土地上に本件焼却工場を建設し、性能試験、性能確認検査を経た後、債務者の職員によつて同工場の操業をしている。

三 本件焼却工場稼働の違法性に関する債権者らの主張に対する判断

1 事前調査の欠如、住民の意向の無視について

債権者らは、まず(1)債務者が、本件焼却工場の敷地選定の際、ごみ収集、運搬の効率、周辺の条件、地形、地質、地域特性(風向及びその季節的変化、気流域の構造、逆転層の発生状況等)などについて何ら検討を加えることなく本件土地を本件焼却工場建設用地に決定したこと、(2)ごみ焼却工場の建設にあたつては、同工場からの排水、排煙、臭気、振動、騒音などによる環境汚染を事前に評価しておかねばならないにもかかわらず、債務者が本件焼却工場の建設に際し右評価をしなかつたこと、(3)債務者が本件各焼却炉の機種を選定するにあたり松本市のごみ質を十分調査しなかつたこと、(4)債務者が債権者らを含む本件焼却工場周辺の住民と本件焼却工場の建設、稼働について十分な話合をしていないこと及び債務者と右住民らとの間に本件焼却工場の稼働に関する公害防止協定が締結されていないことを理由に本件焼却工場の稼働は違法で許されない旨主張する。

確かに債権者ら主張の(1)の敷地選定の際の検討、(2)の環境汚染の事前評価、(3)のごみ質調査、(4)の周辺住民との話合及び公害防止協定の締結は、いずれも、債務者において本件焼却工場を建設しこれを稼働させる過程で行うことが、行政上望まれる重要な事項であることは疑いがない。しかしながら、(2)の環境汚染の事前評価については、立法論としては有害物質の排出を不可避とする施設の設置につき、その設置者に右評価義務を課すべきか否かを検討することが極めて大きな意義を有することはいうまでもないが、現行法上では右のごとき施設の設置者に右義務を課したと認められるべき法的根拠を見出すことはできないし、右(1)、(3)、(4)の各措置のいずれについても、ごみ焼却工場の設置者にこれらの措置をとることを義務づける法的根拠は存しない。

したがつて、本件焼却工場の設置者である債務者が右(1)ないし(4)の各措置を適切にとらなかつたとしても、そのこと自体は、本件焼却工場の建設及び稼働の違法性ひいてはその建設、稼働禁止の根拠たりえないというべきである。

結局、本件仮処分申請事件においては、本件焼却工場の稼働に伴い債権者らがいかなる被害を被り、又は被るおそれがあるか否かが右稼働の許容性を決する基準となるのであつて、債権者ら主張の右(1)ないし(4)の本件焼却工場の建設過程におけるいわば「手続的瑕疵」そのものは、本件焼却工場稼働差止めの根拠たりえない。

2 本件焼却工場の稼働に伴う公害の発生ないしその危険性

債権者らは、本件焼却工場の稼働に伴つて同工場から債権者らの健康、財産等に被害を与えるべき有害物質(ばいじん、窒素酸化物、硫黄酸化物、塩化水素)が排出されており、これによつて公害が発生し又は発生の危険が存し、債権者らが重大な被害を受けるおそれがある旨主張するので、以下この点について順次判断していく。

(一) 本件焼却工場の規模、構造及び三菱重工業の保証値

<証拠略>弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が一応認められ、これを覆すに足る証拠はない。

(1) 本件焼却工場には焼却能力一五〇トン/24時間の三菱マルチン(MR―W)形連続燃焼式焼却炉二基(一号炉、二号炉)が設置されており、ごみ供給、灰搬出はいずれもピツト&クレーン方式であり、ごみの乾燥は高温ガス幅射熱と逆流灼熱層によつて行い、ごみの燃焼はオーバーフアイヤー併用高温空気燃焼の方式を採用しており、ごみの燃焼によつて生ずる排ガスの冷却は直接水噴射方式を、排水処理についてはクローズドシステムをそれぞれ採用しており、排煙を吐出する煙突の高さは五九メートルである。

なお、三菱重工業株式会社は、本件各焼却炉についてごみ質を低位発熱量八〇〇Kcal/kgから二〇〇〇Kcal/kgの範囲に設定し、この範囲内のごみ質のごみを二四時間稼働一炉当りの処理能力が一五〇トン/日を上回ること、炉出口温度を七五〇℃から九五〇℃の範囲に保つことなどを性能保証事項とした。

ところで右の規模を有する本件焼却工場に対する有害物質についての大気汚染防止法、同施行令、同施行規則による排出の規制基準(以下、法の規制基準と略記する。)は左のとおりである。

〈1〉 ばいじん 〇・二g/Nm3

〈2〉 硫黄酸化物 約二、〇〇〇ppm(松本市のK値一四・五)〔煙突高五九メートル、最低排ガス量二五、〇〇〇Nm3/Hで排煙は煙突の出口より上には上昇しない最悪の事態を仮定した値である。〕

〈3〉 窒素酸化物 二五〇ppm

〈4〉 塩化水素 七〇〇mg/Nm3(約四三〇ppm)

右の各規制基準に対し、債務者から本件焼却工場建設を請負つた三菱重工業株式会社は、左のとおり本件焼却炉の性能保証をしている。

〈1〉 ばいじん 〇・〇五g/Nm3以下

〈2〉 硫黄酸化物 六〇ppm以下(二四時間平均値)

〈3〉 窒素酸化物 一五〇ppm以下(二四時間平均値)

〈4〉 塩化水素 四三〇ppm以下(二四時間平均値)

(二) 債務者の公害防止措置

(1) ばいじん対策

<証拠略>並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が一応認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

〈1〉債務者は、昭和四九年から昭和五二年までの間に、昭和四九年一一月二八日、同年一二月一七日、昭和五〇年一月二三日、同年二月二〇日、同年六月二〇日、同年七月一七日、昭和五一年八月一二日、同年九月一日、同年一〇月一五日、昭和五二年四月一三日、同年五月二〇日の合計一一回に亘り松本市内のごみのごみ質を調査したが、その結果は低位発熱量の最低は八三九Kcal/kg、最高は一七七五Kcal/kg、平均は一二五七Kcal/kgであつた。そこで、債務者は、右調査結果を基礎とし、将来におけるごみ質変動の可能性をも加味して、本件各焼却炉の設定ごみ質を八〇〇Kcal/kgから二〇〇〇Kcal/kgの範囲に設定した。

〈2〉債務者は、ごみ焼却に伴つて排出されるばいじんの除去対策として本件各焼却炉にそれぞれ電気集じん器を設置した。右各電気集じん器は、いずれも処理ガス量五〇〇〇〇Nm3/h(湿ベース)、処理ガス温度常温二八〇℃、最高三五〇℃、入口含じん量三・二五g/Nm3(乾ベース)、出口含じん量〇・〇五g/Nm3の機能を有するとして設計されたものである。

(2) 窒素酸化物対策

<証拠略>と弁論の全趣旨を総合すると以下の事実を一応認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ごみ焼却に伴つて発生する窒素酸化物には、ごみ中の窒素化合物が燃焼されて発生するものと、燃焼用空気中の窒素が焼却炉内の高温雰囲気において酸化して発生するものがあり、量的には後者が大部分を占めるが、後者の発生量は焼却炉内の温度が八〇〇℃前後になると徐々に増大し、同温度が九〇〇℃を超えると急激に増大する。この窒素酸化物の対策としては、有効な除去装置が開発されていない現段階においては、焼却炉内の温度を九〇〇℃以下に保ち窒素酸化物の発生量の増大を抑制するほかはない。

ところで、債務者は、本件各焼却炉はいずれもその炉出口温度は八五〇℃に設定され、その前後五〇℃の範囲内に自動的に制御できるようになつている旨主張するところ、<証拠略>によれば、本件各焼却炉のうち一号炉の昭和五五年三月二四日から同月三一日までの間の炉出口温度は概ね債務者主張の設定温度である八五〇℃を中心として九〇〇℃未満に保たれており、時折九〇〇℃又はそれ以上の温度に上昇することもあつたが、これは極めて短時間の現象であつたとの事実を一応認めることができる。

(3) 硫黄酸化物対策

債務者が、本件各焼却炉については脱硫装置は不要であるとしてこれを設置していないことは当事者間に争いがない。

(4) 塩化水素対策

<証拠略>並びに弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が一応認められ、これを覆すに足る証拠はない。

〈1〉ごみの焼却に伴う塩化水素の発生の主たる原因はプラスチツク類のごみに含まれている塩化ビニールの燃焼であるところ、債務者は、プラスチツク類のごみを一般のごみと分別して収集するいわゆる「分別収集」を実施しており、プラスチツク類のごみは、ごみ焼却工場には搬入せず、埋立ごみとして埋立地へ持ち込み処理している。

ところで、右分別収集については、債務者において松本市民及び松本市内の事業所の関係者の理解、協力を求め、またごみ収集業者に対する指導をはかる必要があつた。そこで、債務者は、本件焼却工場内のごみ収集車のごみ搬入路に分別収集の立看板を立ててごみ収集業者の自覚を促し、更には月に数回本件焼却工場に搬入されてくるごみの抜きうち検査を実施し、その検査においてごみの中にプラスチツク類が多量に混入していることが判明した場合には、その場でごみ収集業者にこれを分別させ、プラスチツク類は埋立ごみとして埋立地へ持ち込むように指導している。また債務者は、松本市の一般市民、松本市内の事業所に対しては、広報、有線放送、パンフレツト、説明会等によつて右分別収集についての理解と協力を求めた。その結果、右分別収集をはじめた昭和五三年四月以前とそれ以後とを比較すると同月以後の方がごみ焼却工場に搬入される松本市のごみの中のプラスチツク類の含有率が少なくなつている。

〈2〉債務者は、ごみ焼却に伴つて生ずる塩化水素の除去対策として、昭和五五年二月二九日本件各焼却炉にそれぞれ塩化水素除去装置(除去率の設計値四三〇ppmのとき三〇パーセント)を設置した。

(三) 本件焼却工場から排出される有害物質の濃度の測定結果

<証拠略>及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が一応認められ、これを覆すに足る証拠はない。

(1) 本件焼却工場の建設を請負いこれを完成させた三菱重工業株式会社は、昭和五四年六月一三日から同月一六日までの間、債務者の職員の立合の下で本件各焼却炉の性能試験を実施し、また債務者は昭和五四年八月一日から同月四日までの間、財団法人日本環境センターに依頼して本件各焼却炉の性能確認検査を実施した。

(2) 債務者は、本件焼却工場の操業開始の後、別表(三)のとおり、本件焼却工場から排出される排煙中のばいじん、硫黄酸化物、窒素酸化物、塩化水素の排出時の濃度についての測定を、同表測定実施日欄記載のとおりの年月日に実施したが、その結果は同表実測値欄記載のとおりであつた。

(3) 右(1)、(2)の各測定の結果は、いずれも法の規制基準はもちろん、前掲の本件各焼却炉についての性能保証値をも満足させるものであつた。

(四) そこで、以上の(一)、(二)、(三)の事実を前提として、本件焼却工場の有害物質の排出濃度に関する債権者らの主張について判断する。

(1) 債権者らは、まず、ばいじんについて、〈1〉債務者は松本市のごみのごみ質を調査することなく本件各焼却炉のごみ質の設計値を八〇〇Kcal/kgから二〇〇〇Kcal/kgの範囲に設定したから、右設計値の下限以下のごみ質のごみが本件各焼却炉に搬入されるおそれがあり、〈2〉本件各焼却炉の炉容積は、同炉の火格子燃焼率、ごみ質の設計値を前提としても一日一五〇トンのごみを焼却する炉の炉容積としては小さすぎるうえ、右の火格子燃焼率についての設計値は守れないおそれがあるから、本件各焼却炉に設計ごみ質の下限近くのあるいはそれ以下のごみ質のごみが投入されて焼却される場合には不完全燃焼の事態が生じ、ばいじんの発生量が著しく増大する、〈3〉債務者の設置した電気集じん器は、その規模、性能からして本件焼却工場におけるばいじんの排出濃度を性能保証値の〇・〇五g/Nm3に抑えることのできるものではないとの諸事情に鑑み、本件焼却工場からは、右性能保証値のみならず、法の規制基準をも超える濃度のばいじんが排出されている旨主張する。

しかしながら、債務者が本件焼却工場建設前に松本市のごみのごみ質を調査していたこと、債務者は右調査の結果をふまえ、また将来のごみ質の変動の可能性をも考慮に入れて本件各焼却炉のごみ質の設計値を八〇〇Kcal/kgから二〇〇〇Kcal/kgの範囲としたこと、右調査によれば、右調査の際の松本市のごみの低位発熱量はいずれも右設計値の下限を上回つていたことは前記認定のとおりであつて、本件全証拠によつても債務者が松本市のごみのごみ質を調査することなく本件各焼却炉のごみ質の範囲を右の範囲に設定したことを疎明することはできない。そうすると、ごみは一般的にその組成が一定しておらず、その時どきによつて変化するものであるから、松本市のごみのごみ質が右設計値の下限を下回ることが絶対にないと断言することはできないとしても、右の調査結果を前提とすると、そのような事態に陥ることは稀有のことであつて、松本市のごみのごみ質は、ほとんどの場合右設計値の下限を上回つていると推認することができる。

次に、本件各焼却炉の火格子燃焼率の点であるが、<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、本件各焼却炉の火格子面積がいずれも二三・六七平方メートル(但しフイーダ部分をも含めての面積である。)で、債務者が機種選定の段階で比較した他の焼却炉のそれよりも小さいとの事実、火格子燃焼率の設計値は二六四kg/m2hであり、機種選定の段階で比較した他の焼却炉のそれよりも高いとの事実を一応認めることができる。

しかし、<証拠略>及び弁論の全趣旨を総合すると、本件各焼却炉のストーカ(火格子)は三菱マルチン逆送式ストーカであるところ、このストーカではごみの乾燥、燃焼が同一ストーカ上で行われ、ストーカ上のごみは重力により斜め下方に移動するが、ストーカがこれを逆に斜め上方につきあげるため、ごみの一部はストーカ面に沿つて逆流し、また他の一部はごみ層の下方から上層に湧き出るような運動をし、ごみの灼熱層が逆送されるため、ごみの乾燥と着火が極めて短時間で行われ、更にごみ層の全層撹拌によつてすぐれた燃焼がはかられる燃焼効率の高い炉であるとの事実が一応認められ、右事実によれば、本件各焼却炉は火格子燃焼率を高くとることのできる炉であるということができ、したがつて、火格子面積は順送式ストーカを採用している焼却炉よりも少なくてすむから、債権者ら主張の本件各焼却炉の火格子面積が他の機種の焼却炉に比して少ないということのみによつては、本件各焼却炉において同炉のごみ処理量の設計値である一日(二四時間)一五〇トンのごみを処理しようとすると不完全燃焼の事態が生ずると直ちに断ずることはできない。

そして、他に右〈2〉の債権者らの主張を疎明するに足る証拠はない。

次に電気集じん器の性能の点であるが、<証拠略>及び弁論の全趣旨を総合すると、電気集じん器の集じん効率は集じん極面積、処理ガス量、処理ガス流速、集じん速度、集じん電圧等によつて決定されるものであること、本件各焼却炉に設置された電気集じん器の集じん極面積が一二六〇平方メートルであること、電気集じん器の集じん速度は、一般には五ないし二〇cm/secであるが、ごみ焼却炉に設置されている電気集じん器については大体五ないし七cm/secで、平均して六cm/secが普通であつて、一〇cm/sec以上あるような仕様については十分な調査が必要であること、右の集じん極面積、前記の処理ガス量、電気集じん器の入口含じん量、処理ガス温度(但し三〇〇℃と想定)についての設計値を前提とすると、右の五ないし七cm/secの通常の電気集じん器の集じん速度によつては前記の電気集じん器出口含じん量の性能保証値を守ることができず、これを守るためには約九・六五cm/secの集じん速度が必要であることを一応認めることができるが、<証拠略>及び弁論の全趣旨を総合すると、電気集じん器の集じん速度は、集じん電極の形状、集じん電圧の大小、ガス成分(特に水分の多少)等によつて差異が生ずる(集じん電圧が高くなれば集じん速度は速くなり、またガス中に含まれている水分が多いほど集じん速度は速い。)との事実を一応認めることができ、この事実及び前叙の電気集じん器の集じん速度の幅は、一般的には五ないし二〇cm/secであるとの事実に照らせば、前叙のごみ焼却炉に設置されている電気集じん器の集じん速度は大体五ないし七cm/secで、平均して六cm/secが普通であるとの事実のみによって、本件各焼却炉に設置された電気集じん器の集じん速度が前掲の出口含じん量の性能保証値の〇・〇五g/Nm3を満足させることのできない程度のものであると直ちに断ずることはできず、他に右各電気集じん器が右性能保証値を満足させることのできないものであることを疎明するに足る証拠はない。

以上のとおりであるから、前記〈1〉ないし〈3〉の債権者らの各主張事実は、いずれもこれを疎明することはできず、また本件全証拠によつても本件焼却工場から前記性能保証値のみならず法の規制基準をも超える濃度のばいじんが排出されていることを疏明することはできない。

かえつて、前記の性能試験、性能確認検査、債務者の実施した本件焼却工場の排煙中の有害物質の濃度の測定中のばいじん濃度測定結果によれば、本件各焼却炉において、ごみは完全燃焼に近い状態で焼却され、電気集じん器も十分にその機能を発揮し、本件焼却工場から排出される排煙中のばいじんの濃度は前記性能保証値を十分に満足できていると推認することができる。

なお、債権者らは、本件焼却工場の試運転の際、ばいじん濃度が〇・一g/Nm3以下であれば見えないはずの灰色煙が同工場の煙突から連日のように噴出し、特に、昭和五五年三月二八日から同月三〇日ころにかけては黒煙が右煙突から噴出していた旨主張し、<証拠略>を提出しているが、<証拠略>によれば、煙突から排出される排煙中のばいじんの濃度が〇・一g/Nm3以下であるときは排煙は原則として視認できないが、例外的に、煙突出口の背景が山か森のように緑色を呈しているときには〇・一ないし〇・〇一g/Nm3の場合でも肉眼で明瞭に見えるとの事実及び降雨曇天のときや寒いときには排煙中の水蒸気が結露して白煙として目に映るが、この白煙は普通の煙と異り、煙突出口から五メートルくらいまでは透明ないし半透明で大気に冷却された後白く目に映り、しばらくして消えるとの事実を一応認めることができ、右認定事実からすれば右に掲げた疎検甲号各証のうち<証拠略>を除くその余のものはいずれも水蒸気の写真であるか又は緑の山を背景とした視認可能な煙の写真であると推認されるから、これらによつては本件焼却工場の排煙中のばいじん濃度が本件各焼却炉の性能保証値及び法の規制基準を超えているとの事実を推認することはできない。

また、<証拠略>によれば、昭和五五年三月二八日、同月三一日、同年四月四日、同月五日には本件焼却工場の煙突から黒色の排煙が噴出していたとの事実を認めることができるが、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる疎乙第二〇七号証及び弁論の全趣旨を総合すると、右各日時には三菱重工業株式会社が本件焼却工場において塩化水素除去装置の薬品ノズルの試験として所定量を超える六〇kg/hの消石灰の吹込み実験を実施したとの事実が一応認められ、右事実と前記の性能試験、性能確認検査、債務者の実施した排煙中の有害物質の濃度測定におけるばいじんの濃度の測定結果がいずれも本件各焼却炉の性能保証値を満足していたとの事実によれば、右黒煙は右実験が原因となつた一時的現象にすぎないと推認される。

(2) 債権者らは、次に、窒素酸化物に関し、本件各焼却炉はいずれもその一日のごみ処理能力の性能保証値に比して炉容積が小さすぎるにもかかわらず炉冷却用フアンが設置されていないため炉温が上昇し易く、その制御が容易でないから、本件焼却工場の稼働に伴い同工場から法の規制基準及び前記性能保証値を超える濃度の窒素酸化物が排出されている旨主張し、<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、本件各焼却炉のごみ処理能力の性能保証値はいずれも二四時間で一五〇トンであり、本件各焼却炉の炉容積がいずれも八八・九立方メートルであるとの事実及び本件各焼却炉には炉冷却用フアンが設置されていないとの事実を一応認めることができるが、前叙のとおり、債務者が炉出口温度を測定した際には、一号炉の炉出口温度はその設定温度である八五〇℃を中心として概ね九〇〇℃未満に保たれており、時折九〇〇℃又はそれを若干超える温度に上昇することもあつたがこれは極めて短時間の現象であり、また債務者らの有害物質の排出濃度の測定結果中の窒素酸化物の濃度は、すべて法の規制基準を遵守できているのみならず、本件各焼却炉の窒素酸化物の排出濃度についての性能保証値をも満足していたのであり、これらの事実に照らせば、右認定の炉容積が右認定のごみ処理能力の性能保証値に比して少さすぎるということはできず、また炉冷却用フアンがないから炉温の制御ができないということもできない。そして、他に本件焼却工場の稼働によつて法の規制基準及び前記の窒素酸化物の排出濃度についての性能保証値を超える濃度の窒素酸化物が同工場から排出されていることを疎明するに足る証拠はない。

(3) 債権者らは、次に硫黄酸化物について、松本市のごみは他都市のごみに比して硫黄が多量に含まれており、本件焼却工場から多量の硫黄酸化物が排出されている旨主張し、<証拠略>によれば、昭和五一年五月六日の松本市のごみの焼却に伴う排煙中の硫黄酸化物の濃度が一九九ppmになつたとの事実を認めることができるが、他方前記のとおり、本件焼却工場から排出される硫黄酸化物の濃度についての前記各測定値は、いずれも法の硫黄酸化物排出濃度についての規制基準を遵守できており、かつ本件各焼却炉の硫黄酸化物排出濃度についての前記性能保証値をも満足しており、また<証拠略>によれば、松本市のごみにはゴム・皮革類等の硫黄分を含むごみは乾ベースで〇・五パーセント程度しか含まれていなかつたとの事実が一応認められるのであるから、これらの事実に照らせば、前記の昭和五一年五月六日の測定値のみによつて、松本市のごみが他都市のごみに比して硫黄分を多量に含んでおり、そのためごみの焼却に伴つて法の規制基準や性能保証値を超える硫黄酸化物が排出され又は排出されるおそれがあると直ちに推認することはできないし、他に本件焼却工場の稼働に伴つて右規制基準及び性能保証値を超える硫黄酸化物が排出され又は排出されるおそれがあることを疎明するに足る証拠はない。

(4) 債権者らは、次に、松本市におけるプラスチツク類のごみの分別収集の成果があがつていないこと、本件各焼却炉に設置された塩化水素除去装置が性能の劣るものであることを理由として、本件焼却工場の稼働に伴い同工場から法の規制基準及び前記の塩化水素の排出濃度についての性能保証値を超える濃度の塩化水素が排出されている旨主張するが、本件全証拠によつてもその事実を疎明することはできない。かえつて、松本市におけるプラスチツク類のごみの分別収集が成果をあげていることは前記認定のとおりであり、右事実と前記認定の本件焼却工場の排煙中の塩化水素の濃度の測定結果がいずれも法の規制基準及び前記性能保証値を満足するものであるとの事実及び<証拠略>によつて一応認められる本件各焼却炉に設置されている塩化水素除去装置の性能試験の結果が別表(五)のとおりであつたとの事実によれば、本件焼却工場から排出される排煙中の塩化水素の濃度は右の法の規制基準及び性能保証値を満たしており、かつ債務者は今後も右の分別収集の実施及び右塩化水素除去装置の稼働によつて右濃度を維持することができると推認することができる。

(五) 本件焼却工場の排煙が周辺の環境に及ぼす影響

大気汚染防止法は、排煙について、その排出時における有害物質の濃度のみを規制し、有害物質の着地濃度については規制をしていない。一方、公害対策基本法及び同法に基づく環境庁告示、通達においては、環境上の条件として、人の健康を保護し、生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準を設定しており、このうち大気汚染に関する環境基準は人の健康保護の立場から設定されており、各有害物質についての環境基準は左のとおりである。

〈1〉浮遊粒子状物質 〇・一mg/m3(一日平均値)

〇・二mg/m3(一時間値)

〈2〉二酸化硫黄   〇・〇四ppm(一日平均値)

〇・一ppm(一時間値)

〈3〉二酸化窒素   〇・〇四ppmないし〇・〇六ppm(一日平均値)

〈4〉塩化水素    〇・〇二ppm(目標環境濃度)

そして、<証拠略>によれば次の事実を一応認めることができ、右認定に反する証拠はない。

大気汚染の人体への影響は、汚染物質の濃度と暴露時間の長さとの相関関係によつて決定されるが、前記の各有害物質に関する環境基準は、老人、病者などが長期間に亘る暴露を受けても、これらの者に対する影響が認められない程度の汚染濃度を科学的な調査、研究の結果を基礎として決定したものであり、人間の健康の維持のための最低限度としてではなく、それよりも更に一歩も二歩も進んだところに設定されたものであつて、環境濃度が右基準を超えたとしても、それが直ちに人の健康に被害をもたらすものではない。

以上の諸事情を勘案すると、公害対策基本法の設定する環境基準は、法の規制値という性格のものではなく、いわゆる行政目標値にすぎないというべきであり、その他にも排煙の着地濃度を規制する法規は存しない。

しかしながら、人の健康に直接関係があるのは右の着地濃度である。前記の法の規制基準は、排煙が大気中で十分拡散されることを前提にしたものであるが、排煙がいかに右基準を遵守できていたとしても、それが何らかの理由で大気中における拡散を阻害され、十分に希釈されないまま着地するような場合には、排煙中の有害物質が人の健康を害するおそれがあるものといえる。したがつて、右のような状況の下では、たとえ排煙が前記の法の規制基準を遵守できていたとしても右排煙を排出する施設の稼働は許されないというべきである。

そこで、以下右の点に関する債権者らの主張について判断する。

(1) 債権者らは、まず、本件焼却工場周辺はその地形の影響で気流の乱れが大きく、そのため、同工場から排出される排煙の上昇高さをボサンケの式により、右排煙中の有害物質の着地濃度をサツトンやホランドの拡散式によつて推定することはできず、右有害物質の着地濃度は右各拡散式によつて導かれる値よりもはるかに高濃度で人の健康を害する程度のものになる旨主張する。

しかしながら、本件全証拠によつても本件焼却工場周辺の地形による気流の乱れが原因となつて同工場から排出される有害物質の着地濃度が原告主張の濃度になつたとの事実を疎明することはできない。

かえつて、<証拠略>を総合すると次の事実を一応認めることができる。

債務者は、ごみの焼却に伴つて排出される排煙がごみ焼却工場周辺地区の環境にいかなる影響を及ぼすかを調査するため、株式会社環境技術センターに委託して、昭和四八年建設の焼却炉の稼働中の昭和五三年三月二七日から同年四月一八日まで及び昭和五四年四月一七日から同月二八日まで並びに本件各焼却炉の稼働開始後である昭和五四年一〇月二四日から同年一一月三日まで及び昭和五五年五月七日から同月一七日までの四回に亘り、本件焼却工場周辺の松本市島内地区内の別表(四)の1ないし3記載の測定地点において浮遊粒子状物質、二酸化硫黄、二酸化窒素、塩化水素について環境測定を実施したが、その結果及び測定時の風向、風速は別表(四)の1ないし3記載のとおりであつた。そして、右測定の結果は昭和五四年一〇月二八日午前一二時からの北方公民館における浮遊粒子状物質の濃度の一日平均値並びに同月二七日午後八時の公事ヶ原提防上及び同月二八日午後六時から午後九時までの北方公民館での浮遊粒子状物質の濃度の各一時間値がいずれも前記の環境基準値を超えたものを除き、すべて前記の環境基準値を満足させるものであつた。

そして、右の環境基準を上回る測定結果の出た昭和五四年一〇月二七日午後八時の風向が南風であつたことと別表(四)の2記載の測定地点と本件焼却工場との位置関係からすれば、右のごとき測定結果となつた原因は本件焼却工場の排煙ではないとの事実を推認できるし、また同月二八日から二九日にかけての一日平均値及び同月二八日午後六時から午後九時までの各一時間値が環境基準を上回つたのは、<証拠略>によつて一応認められる同月二八日に御岳山が噴火したとの事実及び<証拠略>によつて一応認められる松本市内の繊維工業試験場における同月二八日、二九日の浮遊粒子状物質の濃度が右測定結果とほぼ同様の変動の傾向を示しているとの事実に照らせば、御岳山の噴火に起因する一時点な現象であつたと推認することができる。

右認定の諸事情によれば、本件焼却工場周辺には債権者らが主張するような気流の乱れは存しないとの事実を推認することができる。

(2) 債権者らは、次に、本件焼却工場から排出される排煙については、ダウンドラフト現象(煙突から排出された排煙が煙突の周辺にある高層建築物や丘陵等の影響で急激に地上に落下する現象)やダウンウオツシユ現象(煙突から排出された排煙が煙突の風下部分に生じた渦巻によつて急激に地上に落下する現象)が生起し、排煙中の有害物質の着地濃度が高濃度になつてしまう旨主張する。

しかし、ダウンドラフト現象については、本件全証拠によつても、本件焼却工場周辺に右現象の原因となりうる高層建築物や丘陵等が存在し右現象発生のおそれがあることや現に右現象が発生したことを疎明することはできない。

また、ダウンウオツシユ現象については、<証拠略>によれば、右現象を防止するためには排煙の排出速度を煙突頂部付近の風速の二ないし三倍にするのが好ましいとの事実を一応認めることができ、<証拠略>並びに弁論の全趣旨によれば、本件焼却工場の煙突は高さが五九メートル、頂部口径(内筒)一・七メートル、平均口径(内筒)一・七メートルであり、同工場の計画最大排ガス量は五〇〇〇〇Nm3/h、煙突出口での計画排ガス温度は二四五℃とされており、右条件下での排煙の吐出速度は三〇メートル/secとなり、また前記のごみ質の設計値の最低値である八〇〇Kcal/kgのごみが焼却されたときの排ガス量は二五〇〇〇Nm3/hとなり、本件焼却工場の試運転の際には煙突出口での排ガス温度がほぼ二四五℃から二六〇℃の間におさまつていたとの事実を一応認めることができ、右事情に照らせば、本件焼却工場から排出される排煙については、通常の風速の下ではダウンウオツシユ現象が発生することはないといえる。

そして、本件全証拠によるも、本件焼却工場から排出される排煙についてダウンウオツシユ現象が発生し又は発生するおそれがあることを疎明することはできない。

(3) 債権者らは、次に、本件焼却工場付近に逆転層が生じたときには、同工場から排出される排煙は、拡散されることなく横にたなびき、同工場付近上空に停滞し、地上温度の上昇とともに地上付近から逆転状態が崩れていきいわゆる「いぶし現象」と呼ばれる高濃度汚染をひき起こす旨主張する。

ところで、右の「いぶし現象」は、逆転層のうちのいわゆる「接地逆転」についてみられる現象であるところ、証人森住明弘は、本件焼却工場周辺と付近の山とで気温測定を実施したところ山の気温の方が四℃高かつたから本件焼却工場付近では極めて逆転層が発生しやすい旨証言するが、右証言は測定日時・場所、両測定場所の標高差、測定方法、逆転層の発生頻度及びその季節的変化並びに逆転層が発生した場合の本件焼却工場の排煙の着地濃度についての具体的な指摘のない概括的なものであつて、右証言をもつて直ちに債務者らの右主張事実を疎明する証拠とはなし難く、他に債権者らの右主張を疎明するに足る証拠はない。

(4) 債権者らは、更に、本件焼却工場周辺においては、冬期、無風のときに霧が発生し、その高さは煙突よりも高いから排煙はすべて霧の中に包み込まれてしまい、また排煙中のばいじんの粒子が核となつて霧の発生を助長するため、排煙の拡散は困難となり、地上付近に人体に吸収されやすくなつた有害物質が増加する旨主張し、<証拠略>によれば、霧が発生した場合には、霧を構成する水滴が大気中の汚染物質を吸着してこれを濃縮し、ばいじんを核として霧を構成する水滴が生じた場合その核が溶解性凝結核である場合には、ばいじんが溶解し、このように霧によつて濃縮、溶解された汚染物質は人の呼吸に伴つて人の肺の深部にまで運搬される事態を招いてしまうとの事実を一応認めることができる。

しかし、右は一般論であつて、霧の発生によつて大気中の汚染物質が人体に悪影響を及ぼすか否かは、霧の発生程度、継続時間、高さ、発生範囲等によつて大きく左右されるというべきである。

ところで、本件焼却工場周辺における霧の発生の頻度について債権者杉田勲彦は、本件焼却工場周辺では冬期には局地的にいつも霧が発生する旨供述するが、右供述は俄かに措信できず、他に本件焼却工場周辺での霧の発生頻度を疎明するに足る証拠はなく、また本件焼却工場周辺で霧が発生した場合の霧の継続時間・高さ、発生範囲等を疎明するに足る証拠はない。

また、本件全証拠によるも、本件焼却工場周辺に霧が発生したときの排煙中の有害物質の着地濃度が人体に影響を及ぼす程度になることを疎明することはできない。

従つて右債権者らの主張は採用の限りでない。

(六) 債権者らは、ごみ焼却工場から排出される有害物質は多種多様なものであるため各有害物質の有害性は相乗的に強まるから個々の有害物質の排出量が法の規制値を満足していてもなお公害発生の危険性がある旨主張するが、本件全証拠によるも債権者らの右主張を疎明することはできない。

3 井戸の涸渇等及び迷惑施設の存在

債権者らは、本件焼却工場の稼働に伴う井戸水のくみあげにより、債権者らが所有又は使用している井戸が涸渇してしまうし、本件焼却工場から悪臭が発散している旨主張するが、本件全証拠によつても右事実を疎明することはできない。

また、債権者らは、いわゆる迷惑施設である本件焼却工場が存在することによつて、債権者らが所有し又は使用している同工場周辺の土地の地価が下落してしまうし、債権者らは同工場の存在それ自体によつて精神的苦痛を被つている旨主張するが、ごみ焼却工場の公共性及び前叙の債務者の本件焼却工場設置の必要性に鑑みれば、右の債権者ら主張の諸事情は本件焼却工場の稼働差止め迄を求める理由とはなりえない。

四 結論

以上のとおりであるから、その余の点について検討するまでもなく、債権者らの本件仮処分申請はいずれも理由がないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 前田亦夫 小美野義典 窪田正彦)

物件目録(一)(二)及び別表(一)ないし(五) <略>

別  紙

公害防止協定

債権者らと債務者は左記のとおり別紙目録<略>記載の松本市清掃センター内に設置した三菱マルチン式焼却炉(以下本件焼却炉という)の操業に関し次のとおり協定を締結する

第一条 債務者は松本市清掃センターの設置及びその運営については常に附近住民に公害をもたらすことのないよう最高の設備を導入することとし、その設備により起因する公害などを未然に防止しなければならない。

第二条 将来松本市清掃センター内の焼却炉などの設備を改築しようとするときは債権者らを含む十ヶ堰以北の住民に対し事前に了解を得るなどの手続をとらねばならない。

第三条 債務者は、本件焼却炉の煙突出口での有害物質の排出濃度は別表一に定める値以下にしなければならない。

2 窒素酸化物、硫黄酸化物、塩化水素については自動連続計測装置を工場内に設置し常時連続して測定するものとする。

3 窒素酸化物、硫黄酸化物、塩化水素については連続する任意の二四時間のうち合計一時間以上は別表(一)の規制値(一)を超えてはならずまた任意の二四時間は別表一の規制値(二)をこえてはならない。

第四条 債務者は、松本市清掃センター内の煙突を中心として半径一キロメートル以内の地点における有害物質の着地濃度を別表(二)に示す値以下になるようしなければならない。

2 債務者は塩化水素、窒素酸化物の着地濃度を自動連続計測装置で常時測定するものとする。右自動連続計測装置の設置場所は煙突を中心として半径一キロメートルの内少なくとも三ヶ所設けるものとしてその設置場所は債権者らと協議のうえ決定するものとする。

3 硫黄酸化物、浮遊ふんじんについては年四回以上前項に準じて測定するものとする。この測定は三ヶ月以上測定間隔を置いてはならず、また測定は連続する七二時間については各一時間値を求めるものとする。

第五条 債務者は一炉一時間当りのごみの焼却量を四二六〇キログラム以内としなければならない。

2 債務者はごみ量をクレーンの一回当りのつかみ量で測定し、自動記録装置により記録しなければならない。

第六条 債務者は本件焼却炉の煙突出口での排ガス温度を測定するためその測定器を煙突の頂上部に設け本件焼却炉の操業中常に測定するものとする。

2 煙突出口での排ガス温度は常時摂氏二四五度以上に保たなければならない。

第七条 債務者は本件焼却炉の炉出口温度を摂氏八〇〇ないし八五〇度の範囲に保たなければならない。

2 炉出口温度の測定は自動連続測定装置により行うものとする。

第八条 債務者は本件焼却炉の熱灼減量を五%以下に保たなければならない。

2 熱灼減量の測定は月二回行なうものとし、試料採取日の一時間当りのごみの焼却量は採取日から逆算して五日間の総ごみ焼却量の一時間平均値を下まわつてはならない。

第九条 債務者は松本市清掃センターから放流する排水は生活排水のみとし、灰汚水、洗車排水、ごみピツト排水、雑排水は一切生活排水と混合させたり放流させたりしてはならない。

第一〇条 債務者は、窒素酸化物、硫黄酸化物、塩化水素が第三条に定める規制値をこえもしくはこえるおそれがあるときは直ちに右規制値以内の濃度になるようごみの焼却量を減少しなければならない。

2 前項のごみ焼却量の減少の方法については別途細目で定めるものとする。

第一一条 債務者はごみ質調査を次の方法により行なうものとする。

(一) 本協定成立後一年間については月三回曜日の異る日を選び行うものとし、右期間経過後は、ごみの収集地区が変化しない限り月一回行うものとする。

(二) 調査項目は、灰分、水分、可燃分、見掛比重、組成分析、元素分析、低位発熱量とする。

第一二条 債務者は松本市清掃センターより発生する悪臭については、悪臭防止法(昭和四六年法第九一号)及び同法施行令(昭和四七年政令第二〇七号)に定める規制値を遵守するものとする。

2 債務者は発生する悪臭が規制値をこえる場合は一週間以内に必要な措置をとらねばならない。

第一三条 債務者は松本市清掃センターより発生する騒音については次の事項を守らなければならない。

(一) 騒音の規制値は騒音に係る環境基準(昭和四六年五月二五日閣議決定)に定めるA地域の値とする。

(二) 騒音が前号の規制値をこえるときは必要な防止措置をすみやかに講じること。

第一四条 債務者はごみおよび焼却灰の搬出入に使用する通路を債権者らと協議して定めるものとし他の道路などを使用してはならない。

第一五条 債務者は、既設炉(タクマ式一五〇トン炉)を本件焼却炉の予備炉とし本件焼却炉のオーバーホール時のみ使用するものとする。

2 既設炉のごみ焼却量は一時間当り四六〇〇キログラム以内とする。

3 既設炉の煙突出口のばいじん濃度は常に〇・二g/Nm3以下としなければならない。

4 既設炉に関する調査測定などは本件焼却炉に準じて行うものとする。

第一六条 債務者は本協定の各条項によつて行なう調査や測定の結果は、債権者らの要求があるときは債権者らに通知して公表するものとする。

2 債権者ら、または債権者らの代理人たる学識経験者は債務者の行なう調査測定などに立合い必要な意見をのべることができる。

3 債権者らは債務者に対し、調査測定などをいつでも要求することができる。債務者が右要求にしたがつて、必要な測定や調査をしないときは債務者に代つて測定や調査をすることができる。この場合においてよつて生じた費用は債務者が負担するものとする。

第一七条 債務者は債権者らと協議のうえ随時、左の調査を行わなければならない。

(一) 気温の垂直分布調査

(二) 気流の流れの調査

(三) 煙突出口より六フツ化硫黄を連続放出する拡散実験

2 前項の調査の実施細目は別途覚書を締結する。

第一八条 債務者は債権者らを含む十ヶ堰以北の居住者に対し、健康調査をしなければならない。

2 前項の健康調査の実施内容時期については別途協議する。

第一九条 債務者と債権者らを含む十ヶ堰以北の居住者は松本市清掃センターから発生し、もしくは発生するおそれのある公害の防止に関し、必要な連絡機関を設ける。この連絡機関は右居住者の意思が充分反映されるものとしなければならない。

2 前項の連絡機関においては左の事項を協議するものとする。

(一) 工場設備の重要な事項

(二) 本協定の実施に関する事項

(三) 工場の操業の定期的報告

(四) その他必要と認められる事項

第二〇条 債務者は松本市清掃センター内の焼却炉の操業により債務者の責に帰すべき事由により債権者らを含む附近住民に損害を与えたときは、誠意をもつて、右損害の賠償を行うものとする。

第二一条 この協定に定める各条項の実施にあたり、必要な細目は本協定の締結日と同時に本協定と一体となつて効力を生じるよう覚書を締結する。

2 第三条に定める規制値をこえた場合の対応策は前項の覚書でその細目を定めるものとする。

3 本件焼却炉に設置される自動連続測定装置の調整も前項と同じとする。

第二二条 債務者が本協定及び附随する覚書などに違反したときは、債権者らは本件焼却炉の操業の中止を求めることができるものとする。

別表1

排ガス及びふんじんに関する規制値

規制値

項目

規制値(1)

規制値(2)

ばいじん

0.05g/Nm3

窒素酸化物

150ppm

250ppm

いおう酸化物

60ppm

100ppm

塩化水素

300ppm

430ppm

乾きガス基準

別表2

排ガス及びふんじんに関する着地濃度許容基準

環境基準値

項目

1時間値の

1日平均値

1時間値

塩化水素

0.02ppm

0.2ppm

窒素酸化物

0.02ppm

0.2ppm

いおう酸化物

0.02ppm

0.2ppm

浮遊ふんじん

0.10mg/Nm3

0.2mg/Nm3

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